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6年ほど前、妊娠ブログを適当に書き散らしていたぬまぶんが、 その後、育児の傍ら制帽学校に通い帽子屋修行を始めたその後の日々です。
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プロフィール
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ぬまぶん
性別:
女性
職業:
鬼在宅ワーカー
趣味:
読書
自己紹介:
東京都内に住む30代かあちゃん。
娘とともに自分を見失いがち。
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NAKUYUKUNO.jpgな、泣きますど!!!






★出産記 その4 
7月8日 午前5時

そんなこんなで
「本当にこんなぼろぼろで産めるんだろうか?」
とぬまぶはすっかり自信を無くしていた。
2晩寝てないし、食事もロクに摂れていない。
頑張れ、と云われても痛いだけだから
どうにも頑張りようがないよ・・・
何より気力が無い。もう駄目じゃ・・・と暗い顔で苦しんでいたのだが
何故かある瞬間、魔法にかかったようにコテッと眠りに落ちた。
次の波が来るから結局5分で目が覚めるのだが
それでもそれは、久方ぶりの
全てを忘れることのできる深い充実した眠りでぬまぶは驚いた。
ね、眠れるのか・・・。
よし、寝てみよう!

またまたテニスボールを手元に置き、肛門に押し当てながら
ぬまぶは眠った。
痛みをひとつやりすごすごとに白目で時計を見やる。MOUROU.jpg
5時5分、5時10分、5時15分・・・5時20分・・・35分・・・。
よーし、よし、時間が動き出したぞ、もう少し、もう少し・・・
ぬまぶは自分をだましだまし5分ごとの睡眠を続けてみた。
なんだかんだで1時間、2時間・・・。
そうして
多少体力が回復したのか
新しい日の光が窓から差し込むのを瞼に感じる頃、突如
「女性には、産む力がある」
ということばが
頭のなかにバーン、とはっきり浮かんだのだった。
それはどこからか声が聞こえてきた、とかどこかに書いてあったのを思い出したというのでは無く、
腹の底から湧きあがってくるような「確信」で
なんだかドラマティックすぎて「ウソ、脚色してるでしょう?」という感じだが
でも、本当にそうだった。
ぬまぶはまるでスイッチが切り替わるように目覚めた。
「有る
 力が
 産む
 女性には」
何故か「できる」と思ったのだ。
もう「いつ」とか「つらい」とかどうでもいい、
とことんやるしかないのだな!よし!
と胆がストンと据わったのである。
ものごとが大きく転換する時の契機って
こんなにもはっきり自分のなかに現れるものなのかー・・・と
このときの経験は、今でも思い出すと感慨深い。
それまで、どちらかといえば
「自分は女性だ」という厄介な事実を出来るだけ考えないようにして生きてきたのだが
この時ほど、その事実を真正面から受け取ったことはない。
ぬまぶの軽薄な人生のなかでもしか「悟る」
ということばを使うとしたら、あの瞬間を言い表すために一度だけ使うな。
(しかし、悟ったからといってお坊さんのように解脱してしまうわけでは無く
その後も取り乱すのだが・・・とりあえずそうやってひとつの段階を乗り越えたわけです)

★7月8日 午前9時くらい?

仕事に出かける前に夫さんが様子を見に来る。SHINPAI.jpg
ぬまぶは、眠るのを止め再びベッドに四つん這いになってウンウン唸っていた。
「ぬまぶさん・・・」
と夫さんが傍らで哀しそうな眼で呼びかけていた気がするが
ぼんやり、
「ああ・・・コバヤ(夫さんの名)にお尻向けてるな・・・」
と思ったくらいで返事する余裕なし。
骨盤が開いてきたせいか、夫に向けている
でん部が矢鱈大きく重く感じられ、ウシやウマになってしまったような気がした。
それで
ああ、もう、いいさ、ウシやウマで!
と一層高くお尻をつきだしているうちに(このへんの発想はかなりキテますね・・・)
夫さんは仕事に出かけて行ったらしい。
「ぬまぶちゃん、コバヤさんリハーサル終わったらまた来るって。分娩に間にあうといいわねえ」
とおっ母の声が聞こえるが(この日はサントリーホールで次の日のコンサートのリハーサル予定だった)
その時ぬまぶは「もう、そんなことどうでもいいな・・・」と思っていた。

午前10時ごろ、内診。
子宮口開大8センチで高位破水しているとのこと。抗生物質をのむ。
「おはようございます!おー、頑張ってるねえ。」
と、ここで助産師Kさん登場。
妊娠8か月から、ぬまぶは「助産師外来」という制度を利用して、
お医者さんでは無くKさんに妊婦検診をしてもらっていたのだが、
男のお医者さんが事務・機械的に診察を済ませるのに比べて
毎回とても丁寧かつ親身に相談にのってくれるKさんにぬまぶは大きな信頼をおいていた。
仕事にベストを尽くすバイタリティ溢れるKさんは、
お産をめぐる伝統的な女性知と現代的な理性を兼ね備えたひとで
昔話に出てくる「仙女」みたいだなーと思っていたのだ。
「最後まで私が担当しますから」
とKさんが他の助産師さんに元気よくしゃべっているのが聞こえる。
それをきいて、ぬまぶは安心した。
これはその仕事ぶりを見ていた夫さんも共通の意見なのだが
女性同士だけに構築する事が可能なある関係が
「お産」を共同作業として進行させる面が確かにあると思う。
もちろん、それが無くとも子は問題なく生まれるのだが
ぬまぶはその力を今回のお産のいろいろな局面で思い知ったな。
(それでは何を「女性」として定義づけるのか、ゲイの人は?インターセックスの人は?
という問題が浮かんでくるけれども、ぬまぶはとりあえず女性を
その身体的条件に限らず「女の子文化」を分かち合うこと」とごくおおざっぱに考えている)

★7月7日 正午

子宮口全開。
おおお、やっと分娩台に上がる段になったか・・・と喜んだのもつかの間。
出口は準備万端だが、肝心の赤さんが降りて来ていないので、
今度はそれを待たなければならないのだという。
「フー・ウン」の呼吸に切り替え「いきんで良い」との許可が出る(それまでは身体が勝手にいきみたくなるのをがまんさせられていた)。
椅子に後ろ向きに座りへそ下丹田に力を入れ、赤ちゃん押し出し作業開始。
いきんで良くなったので、楽になるかと思いきや今度は
高いところから落下する悪夢に飛び起きる時のような、切実で気持ち悪い痛みに苛まれ出す。
ぬまぶはもはや「ヴ・・・ぁ゛あ゛あああ」と声が漏れるのを抑えきれなくなっていた。
どれくらいの時間をそうやって過ごしただろうか・・・わからなくなるころ
ふいに、水風船が破裂するように破水した。
破水したけれども、やはり赤ちゃんは高い位置に留まったままなのだという。
「うーん、「怒責(どせき)」が足りませんね」
助産師さん達がちょっと困った風に話しているのが聞こえる。
怒責、ど・せ・き・・・。
悪阻(つわり・おそ)・悪露(おろ)・会陰(えいん)など、お産用語には普段使わない難解なことばが多いが
この「怒責感」ということばが、ぬまぶはお産を迎えるこの日までずっと謎だった。
産院から貰ったパンフレットにお産の最終段階として「怒責感が強くなる」と書いてあったのだけれど
辞書にもその意味が載ってなかったのだ。しょうがないからぬまぶは力をふりしぼって
何故だー!?
何故降りてこぬのだー!?
何か不満でもあるというのかあー?!!
と、全力でお腹の中の塊に向かって半分「怒り」ながら、さらに「責め」るように呼びかけてみたが
それでも降りてこないのだ(あとで助産師さんに聞いたところ怒責とはいきむ、の同義語だった)。
窓から差し込む光はオレンジ色。もう夕暮れが近くなっている。もうどうすれば良いのか分からない。
そこでKさんはひとつの提案をした。
それまでぬまぶは、四つん這いになったり、椅子に後ろ向きで座ったり、と
少しでも痛みをしのぎやすい体勢を探しては陣痛の波をやりすごしていたのだが
それを止して「最も痛みをつらく感じる」姿勢をあえて取ろう、と言うのである。K-SAN.jpg
「呼吸法で逃す、というのはどこかで陣痛の力も一緒に身体の外に逃しているんだよね。
陣痛の力を全て産む力に集中することができたら、
その時があなたの、お産の時かもしれない。」
「せ、殺生な・・・」
再び目の前が暗くなるぬまぶ。
しかし今は
Kさんの言った
「あなたのお産の時」という言葉を信じるしかないのだ。
「最も痛みをつらく感じる」姿勢とはぬまぶの場合、身体の左側面を下にして寝る姿勢だった。
この体勢をとると、
毎度お寺の鐘つきでぶっ叩かれているかのように身体が痛みにつんのめり
理性も一緒にふっとぶインパクト。思わずわあわあ叫びそうになる。
混乱したぬまぶは
「さ、叫びますけど、いいですか?」
とKさんに聞いた。
「もちろん」
Kさんは力強く頷いた。

それまではやはり、心のどこかで、
叫ぶくらい痛くなるのは怖いし
さらに騒ぐのはみっともない、と自分に禁じていた部分があったのだと
思う(これは妙にストイックなところがある母の暗示だったかと思われる)
でも、そうだよ。
自分のお産だものね、叫んだっていいのだ。
痛くたっていい、叫んでしまえばいいじゃないかぁーバカヤロー!
とぬまぶは、痛みに負けぬように、痛みを跳ね返すように、さらには
共に歌うように叫びだしたのだ。
ヴヴヴヴヴヴワー!
はじめて聴く自分のオタケビは、なんというか「怒号」だった。

そしてとうとう
見たことも聞いたこともない
お祭りが
本当に
来た。

★出産記 5にツヅク(スミマセン・・・長くて・・・。)

 

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≪出産記 その3≫

yukunopupupu.jpg    
おかあとおとうが
あんまりあたいを
「うんちとばし」とか「おなら姫」とか「黄金製造機」とか
ひつれいな名前で呼ぶもんだから、便秘になってやったわ。
そしたら二人ともおたおたしちゃって、
おとうは仕事先からも
出たか確認の電話するしまつ。
可哀そうだから今日出してやったら
やった、やったと喜んでたわ。
他愛ないもんね。ぷぷぷぷぷぷぷ。

★7月7日 午后

おっ母と話したり、睡眠をとったりしているうちに
時計の針だけはどんどん進むものの
なかなか子宮口は開かず。
内診のたびに、「さて、どれくらい開いたかな?!」
と期待するも、入院時の4センチ前後から一向に進行しない。
しかし痛みは確実に強くなっていて、
ただ横になっているのには耐えられなくなり
ベッドの上に四つん這いになったり
椅子に後ろ向きに座ってみたりしてひたすらやりすごす。
波がやってきて「フーッ」とぬまぶが呼吸法を始めるたびに、
ぬまぶおっ母が傍らのソファからすかさずガバッと
立ち上がり、腰をさすったり、ツボを押したりしてくれる。
すると大変楽になるのだ。
入院する前日、おっ母から様子を聞く電話がきたとき
「あっ、別に来てくんなくてもいいよー、大丈夫。産まれたら連絡するからそん時来てヨ。
まっ夫婦でがんばるからさぁー」
なんて格好つけて余裕をみせてみていたぬまぶは、自分を恥じた。
そしてその後、おっ母が居なかったら乗り切れなかったんじゃないかと思うほど
根性無しのぬまぶは追い詰められていくのである。

で、あっという間に日が暮れて夜。
夕飯が出るもののほとんど食べられず、キャラメルだけをちびちびなめていた。
精神も疲弊してきて、痛みの間のおっ母との会話も無くなる。
しかし夜9時を過ぎても子宮口はうんともすんとも言わないのだ。
しようがないので、ぬまぶはひたすら
パチンコ台がフィーバーしているところとか
くす玉が開いて鳩が出てくるところ、ダム決壊の場面とかを
必死にイメージ・トレーニングしていた。
するとふいに
隣の分娩室から
「ぁああ~!ああああぁあ~!腰がぁ゛~!!」
という世にも恐ろしい悲鳴が・・・。
「お隣さん、もう産まれるわねー」
おっ母も助産師さんも平然としているが
その叫び声の恐ろしいことといったら・・・。
やがて追いかけるようにしてホェホェーと
産声らしきものがあがり叫び声も止んだ。
良かったね、と思うやら怖いやら、
先に終わってうらやましいやらで
気がつけばぬまぶは「うっうっうっ」と涙を流していた。
「あらっヤダ、ぬまぶ、泣いてるの?可笑しな子ねぇー。
オホホホ(ぬまぶオッ母は本当にこうやって笑う)、
ちょっと、この子泣いてるんですよ」おっ母の笑い声を聞きながらもぬまぶは真剣だった。
nakunumabu.jpg






自分もあと数時間後にはあのような声を出すのだろうか?
大人になって以来「痛み」に大声で叫ぶことなんてほとんど無かったのだ。
「ベルサイユのばら」のアントワネット出産のシーンには
黒ベタバックに「キャアアアアアアア」という絶叫が白抜きでチギレルように描かれていたが
ぬまぶは一体どんな風に叫ぶというのだろう?
ギャアアアア!だろうか、ヒャー!だろうか、勘弁してー!だろうか・・・?
そんな瞬間が来るというのがこの時点ではまだ信じられないのだった(まだ余裕があったということだね)。

★7月7日 午後10時すぎ

どうにも膠着状態の身体を温めて気血の流れを変える為、病院の風呂に入浴。
すると劇的にお産が「進み」出した。
すなわち、陣痛がさらに長く先鋭化し、
分娩監視装置の表示する曲線もぐわーんと大きく突き刺さる形に。
ぬまぶは俎板の上の鯉よろしくベッドの上でのたうちまわるようになる。
おっ母は傍らで
「おーおーおー、いい陣痛が来るようになったねえー。ぬまぶちゃん良かったわね。」
などと喜んでいる。
こ、これが「いい陣痛」なのか・・・
確かに子宮口は5センチから6センチに、6センチから7センチへと
開いてきたと聞けば嬉しいが
内臓がぶるぶる沸き立って口と肛門から勢いよく飛び出してくるような痛み。
じだじだと身をよじりながら
ぬまぶはただひたすら次の波が来るの恐怖するようになった。
ここで、助産師さんの指導でいきみ逃し用テニスボール登場。
規則的にイチ、ニ、サン、シ、ゴと波でやってくる痛みの
サン、とシの一番陣痛の勢いが強い時に肛門に思いっきり押し当てると、しのぎやすくなるのだ。
5分ごとに、助産師さん、ぬまぶおっ母がぬまぶの呼吸にあわせてテニスボールを
ギュッと押してくれる。
悪いなあ、大変だなあ、と思いつつ、ありがとうを言う余裕もなくなっていた。
そのうち、
目の前の「分娩監視装置」と書かれたラベルの文字が霞んでぶるぶる震え出したので
ぬまぶは息も絶え絶えに聞いた。
「お・・・お母さん・・・もう、このラベルの文字が霞んで見えるんだけど・・・
まだ産まれないのかなぁ・・・?」
「?」
「昔の・・・人は・・・障子の桟が霞んで・・・見えなくなったら産まれ時って言ってたんだよね・・え・・・」
「まぁー、何?おかしなことを言う娘ねえ。ホホホ」
明るくふるまってはいたものの、そんなこんなでもう朝の4時である。おっ母も疲労していたと思う。
ぬまぶもまた本当に陣痛に耐えるのが嫌になっていた。
様子を見に来た助産師さんに弱音を吐く。
「ゴールが見えないんですけど・・・一体いつになったら産まれるんですか・・・?」
うーん、と助産師さんは困った顔をしていたがはっきりと
「やっとお産が進みだしたのが10時だから、そこからを普通の「分娩」と考えて
明日のお昼までに生まれれば、御の字。」と答えた。
目の前が暗くなるぬまぶ。
どうしたら良いのやら分からず
なにもかも嫌になり
とにかく一人になりたくもあり
なかば自棄になってそれまでは、「押してもらわないと死ぬ」とまで思っていた
テニスボール肛門押しを断り、おっ母さんにソファで仮眠をとってもらった。
それで痛みが来たら手元のテニスボールを取り、自分で自分の肛門を押しつつただ絶望していた。
「フー・・・ヴヴヴヴヴー」
思はず知らず喉が鳴る。
「ひさん」
だと思った。
この状況を悲惨と言わず何を悲惨と言うのだろう?
だんだん頭も混乱してきて
何故か罰を受けている気分になった。
・・・自分がこのような状況に陥っているのは
「子供がほしい」なんてだいそれた事を思ってセックスしたからだろうか?
だとしたらもう一生しません許してください、
とか
・・・10代のころ「生活に疲れた主婦」、とか「ヤンママ」とかを「ああなりたくはない」とか思っていた
バチがあたったのだろうか?
ああ、もう、この痛みに耐えた世の全てのお母さんを尊敬しますからもう辞めたい、許して下さい!
などと考えうる自分の罪を
一心に数え、どこかにいる神様に許しを請うていた。
とにかくそこには「痛っ・・・」しかなくて「痛い・・・!」が全てなのである。
さらに根性なしで甘ったれのぬまぶは

「誰かお腹切って出してくれないかな。」
とか「薬で出してくれないかな」
などと
かなり殺伐としたことを本気で願うようになっていた(恥)。

ふりかえるに
この時が精神的に一番つらい時でしたネ。

★出産記 その4にツヅク

 

53d5f1a6.jpeg





おかあー。
今日やってもらったアレ
なんたらいう、ああ、「はな吸い機」。
アレなかなか具合良かったわね
またやってね。
ぶぶぶぶぶぶぶぶ。

≪出産記 その2≫

★7月6日 おひるすぎ

産院につくなり、赤サンの心音確認。
するとドゥドゥドゥと素人にもはっきり力強い鼓動が聴こえたので安心する。
bunben.jpg←分娩監視装置という陣痛の強さとお産の進み具合をグラフで記録する機械に繋がれる.
内診の結果、子宮口開大3センチでお産はまだまだ遠いとのこと
(10センチまで開いたら分娩室に移動するのだ)。
ほっとしたせいか、装置の示す曲線もだんだんなだらかになり
痛みの間隔も15分から20分ぐらいに開いてしまったので、一旦家に帰ることになる。
ギンギンギラギラの日差しのなか、
時折襲ってくる波にイデデデデとうずくまりながらもソロソロ歩いて
電車で帰宅する。なんとなくムシャクシャして途中でたいやきを買い食いした。

★7月6日 夜

夫さんが肉を買って帰ってきたので、布団から起き上がる。
「精つけなきゃね」と言って二人でステーキをつくって食べる。
料理している最中、再び痛みが先鋭化。
痛みと痛みの間はケロッとしているので
ジャンジャン肉を焼けるしポクポク美味しく食べもするのだが
波がやってくると、突然キッチンの床に四つん這いになって痛みに耐えるぬまぶ。
夫さんはとまどいつつもその度に腰を押してくれる。
「ハチリョウケツ」のツボを押されるとかなり楽になるのだった。
早めにお風呂に入って床につく。

★7月7日 午前0時ぐらい

床について1時間もすると再び5分おきの波がやって来た。
しかし昨晩の例もあることなので、病院に連絡するのは控えひたすら痛みの間隔をメモっていた。
memo.jpgこれがそのメモ。その時は何故か「正確にメモって病院に提出しなければ」という
思い込みに捉われていた(実際はそんな必要はない)。
かわいそうなぬまぶだ。
ひたすらメモしているうちに、
再びオナガのギャアギャアという声がして、再び朝がやって来た。
しかしやっぱり、痛い。本当に痛い、と思う。今、夫さんが居るうちに移動しとかないと
自力で入院できるか不安になってきたので産院に電話する。
「昨日と同じようにまた弱くなってしまったらどうしよう、と思うとふんぎりがつかないんですが」
と言うと「そういう方もいらっしゃいますよ。心配なさらずいらしてください」との返事。
入院準備の荷物を持って、夫さんと車で出発。
うす曇りの朝だった。

★7月7日 午前

到着してすぐに内診。
子宮口開大4センチで入院が決まる。
助産師さんに「これは陣痛ですか?」と聞いたら
「陣痛ですよ!(今更何言ってんの)」との答え。
病院のネグリジェを来て陣痛室のベッドに横になったらほっとして
どっと眠気が襲ってきた。痛みを助産師さんに教えてもらった深呼吸で逃しながらウトウトする。
その間に出たぬまぶの朝食をたいらげて、夫さんは仕事に出かけて行った。
分娩監視装置をつけたままウトウトしていたら、あっという間にお昼。
献立は七夕の祝い膳で、三色のそうめんやらてんぷらやらが出た。
あまり食欲は無かったが、体力をつけねばと陣痛を逃しながらすこしづず食べる。
食べていたら、夫さんの連絡をうけたぬまぶおっ母到着。妙に明るい。
okkasan.jpg「ウフフ、来・た・わ・よー。
アラッまあ、汗びっしょり、汗びっしょりネ!」と言って
ぬまぶの長いざんばら髪をまとめてくれようとするのだが
「まぁまぁ、娘の髪を結うなんて何年ぶりかしらー?
どうする?思い切って高校生の時みたいにきっちりお下げにしちゃおうか?!」
などと言い出すので
「・・・いや、三十路のお下げはちょっと・・・キツイ・・・と思う。」
と断った。
実はこの時おっ母は、ぬまぶの頭をくしけづりつつ、白髪を何本も発見して
ショックをうけていたらしい。(ここ何日かのストレスで出現したのだった。ポーの小説みたい)

★出産記 その3にツヅクnumabun1.jpg

9b4bf142.jpg

おかあー
さっきから
何をひとりでカチャカチャやってるのらー。
早くあたいの世話をしないと泣くどー。
ぶわー。


ぬまぶです。
産褥期の保養に里がへりしています。

ユクノ誕生から1か月の時間が経とうとしている訳ですが
入院中、助産師さんに
「退院したら、赤ちゃんの奴隷よ」
と言われていた通り
本当にぬまぶは「妊婦さま」から「奴隷」に地位に転落した。
2時間ごとの授乳&サイレン鳴き&うんち飛ばしの恐怖に
ユクノのヒョウタンツギのようなブーブー言うおならにも飛び起きるしまつ。
唯一、ユクノに乳房を含ませている時は一息つけるのだが
そういう時には決まって
自分がオラウータンのお母さんと同じ表情をしている事に気づいた。
昔から、オラウータンや、ゴリラのお母さんの授乳シーンをテレヴィ等で見ると
その安定した授乳姿勢とうらはらに、
当惑したような、切ないような複雑な表情をしているのが気になっていたのだが
いざ自分もアカゴを産んでみると同じように茫然自失の顔で乳をやっている。
特にスッサン直後は、
アカゴ自身も泣くとき以外は基本的に無表情なので
そちらの吸引力にもつられるのか、
スッサンで野生の力を爆発させた後遺症なのか、いつまでも二人で
まだ表情でコミュニケーションするに至らない「動物」状態に陥っていた。
やっと最近余裕が出てきて、お互い意思疎通が出来るようになってきました(気がする)。

しかしドエライ経験をしたと思ったのに
「お産」の記憶というものは本当に非常な速度で産婦から遠ざかってしまうものなのですね。
陣痛に耐えている時は
「3人も子供を産んだ●●さんは、キ●ガイだな。私はイヤ、もう絶対イヤ!」
などと思っていたのに、最近は「もう一回くらいならやってもいいかな」
という気持ちになってイル。不思議なもんだ。
お産は女性にとって、人生観変わるような重大な経験なのかと思っていたのに
いざやってみるとある意味とても「シンプル」な行為で
「知」として蓄積されないもんなんだなあ、とつくづく思うので
忘れないうちに言語化しとこうかと思います。
しかし、なんせ三日三晩も苦しんだので長くなるな。
ユクノに見つかるとうるさいので隠れてこそこそ分けて書きます。

★7月5日 夜

 夫さんとNHK「芸術劇場」でスティーブ・ライヒ特集をボサーッと観ていた。
すると、波のように遠くなったり近くなったりするミニマル・ミュージックが呼び水になったのか
腰のあたりからもやもやーんと煙のように立ち昇る鈍痛が。
演目がディファレント・トレインにさしかかると下腹部にさしこむような痛みに。
痛みと痛みの間に10分から15分ほどの間隔があったし
この段階では「アレ、またいつもの前駆陣痛かい?!」と思い呑気に過ごしていた。
スティーブ・ライヒの音楽はもしかして陣痛を促進してくれるかもしれぬ、と思いCDを入院グッズに入れることにした。
(病院から指示された入院準備品リストの中にリラックスグッズとしてCD・文庫本を持って来ましょう)とあったのだ。
何持っていくべきかとても悩んだのだが、ライヒの他
明るい希望を感じるアンドラーシュ・シフと、
自棄になったときのためのファンファーレ・チォカーリア、
あと飄々とした文体が鎮静剤になるかなと思い上司小劍『ごりがん』の文庫本を持って行った。
しかしいざ入院したらそんな音楽聴いたり、ましてや文庫本読む余裕など無かったよ・・・後で荷ほどきしながら苦笑した)

★7月6日 午前1時頃
  
「おしるし」到来。
しかし、おしるしが来ても何日もかかる人もいるし・・・と布団に入って呑気に寝ていたが
段々強くなる痛みに目が覚める。騒ぐほどでは無いので眠ろうと努力するが、前駆陣痛のときと違って
治まらず眠れない。試しに時間の間隔を測ってみるとだいたい五分おきに起こっている。
「すは、陣痛か?!」
と思うとさらに興奮して目がサエル。
産院からは「お腹の張りが5分ごとになったら連絡を下さい」と言われているのだが
いまいち確信が持てず3時まで経過観察。やはり痛みは消えず、段々強くなっているようだったので
一応電話してみる。しかし、「耐えられない程の痛み」では無かったので朝まで様子を見ることに。
まんじりともせず。

★7月6日 午前7時
 
庭のくるみの木に二週間程前から巣をつくって子育てしている
オナガが、ギャアギャア言いながらサッシを横切るのを見た。
毎朝、縁台に置きっ放しの猫の食べ残しを狙ってやって来るのだ。
オナガよ、おまえも子供を産んだのかね・・・?とぼんやりした頭で考える。
9時、再び産院に電話。
「どうします?来ますか?」と聞かれるが、何せ初めてなものでどれくらい痛ければ
「本格的な陣痛」なのかが分からない。
結局「いいです、もう少し様子見ます」と答えて愉快犯のような通話になってしまった。
あの時の助産師さん、ごめんなさい。ただ、安心したかったんです。
その後コテッと眠りに落ちる。

★7月6日 お昼

出かける前に夫が何か買ってくるものあるか?と聞くので
風味絶佳「ミルクキャラメル」を頼む。
このキャラメルはぬまぶのスッサン全体のお守りになった。
3時間ほど眠ったら、痛みの間隔が空き15分から20分ほどになっている。
間隔は開いたものの、痛いは痛い。
痛みの程度は「酷くお腹をこわしてトイレにたどり着けずうずくまる」感じ。
一応連絡することになっていたので、再び産院に連絡する。
「胎動はありますか」と聞かれ
そういえば昨晩から一度も胎動を感じていないことに気づき怖くなる(ただ痛くて
気がつかなかっただけなのだが)
念のため、診察を受けることになる。
自力ではとても辿り着けそうにないので、家の前に呼んだタクシーに乗り込む。
運転手さんは50代後半くらいの男性だった。
産院にお願いします、と言ったら
「本当におめでとうございます。良かったですね」とぽつぽつ語るに、
運転手さん夫婦は長いこと子供を望んでいたが、ついに授からなかったのだという。
「それで代わりに近所のよその子ども達を可愛がっているんですよ。
子供たちも『ア、アノおじさんの家に行けばお菓子がある』なんて言って慕ってくれてね・・・
女房と二人で買い物にいった時なんかもつい、『ア、これは●●ちゃんにぴったりだ)
なんて言ってつい箸や茶わんを買ってしまったりするんですよ・・・』
静かな声でそんなことを言う。
そしてぬまぶを気遣ってそれはそれはやさしい運転をするのだった。
お金を払うときはぬまぶの眼をじっと見て
「良い子がきっと生まれますよ。頑張って」
ですって。
うっうっうー。
その時ぬまぶは陣痛サーフィン中だったから録にお礼も言えなかったけれど
嬉しかった、嬉しかった。名前も知らないけれどあの時の運転手さんよ、ありがとうー。

★出産記 2にツヅク

 

2008年7月8日 午後5時1分に
3594gの実に立派な女児を出産しました。
微弱陣痛2日+34時間の長くつらい闘いでしたが、
自然分娩で寄り切りました。

娘の名前は母方の曾祖母の名をもらって「ゆく乃」。
とても明るく賢いおばあさんだったらしいです
(私は直接会ったことが無いのですが)
山奥で地位も名誉も無く、野の草のように生きたひとですが、
光っていたというところが気に入って名前をもらいました。

今回の出産に関しては本当にたくさんの方からはげましをいただきまして
感謝してもし尽くせません。
できれば、ひとりひとりの方に、夫・娘とともにキッスして回りたい気分ですが、
今はまだ産卵後のサケよろしく、川面にぷかーと白い腹を浮かべて
白目をむいている状態ですので、
また後日改めてお礼申し上げたいと思います。

生きているとこんなよろこびもあるのだなあ。スゴイ!!

ではまた、皆さまもよき日々を。これからもよろしく!!

ぬまぶん

p.s
くわしい出産顛末については、時間を見つけて
upしたいと思っています。

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